東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2263号 判決 1985年1月31日
控訴人 X
右訴訟代理人弁護士 棚村重信
被控訴人 株式会社Y1
右代表者代表取締役 Y2
<他1名>
右両名訴訟代理人弁護士 猪瀬敏明
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
一 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、各自、控訴人に対し、金八六八万七九〇一円を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決及び第二項につき仮執行宣言を求めた。
被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示記載のとおりであり、証拠関係は原審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。
理由
一 (被控訴人Y2の不法行為の成否について)
1 証拠<省略>によれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(一) A(以下単に「A」という。)は、有限会社aという商号で、不動産業のかたわら焼鳥屋等をも経営していた者であり、控訴人は、昭和五二年一〇月ころAに雇われてその従業員となった者であり、被控訴人Y2は、Aの幼なじみで、不動産業を営む被控訴人株式会社Y1(以下「被控訴会社」という。)の代表取締役である。
(二) 被控訴会社は、前所有者Bから本件土地を坪単価七〇〇〇円の価格総額約一二一万円で買い受け所有していたが、昭和五三年ころ、Aから本件土地を控訴人名義で代金一七三万円(坪単価一万円)で買い入れたいとの話が持ち込まれた。
(三) Aは、その際、被控訴会社の代表取締役である被控訴人Y2に対し、控訴人に店を持たせてやりたいが、手持金がないので、ローン会社に、本件土地の代金を水増して約九〇〇万円とする売買契約書を提出し、同社から土地購入資金として六五〇万円を借りて一部を売買代金費用にあてその余を店を作るために使いたいとの趣旨の話をしてローン会社を欺罔して金員を入手する計画を打ち明けたので、被控訴人Y2も右売買を承諾するとともに右計画に同意した。
(四) そこで、Aと被控訴人Y2は、控訴人の同意の下に本件土地につき売主を被控訴会社、買主を控訴人とする代金一七三万円の売買契約書を作成した(控訴人が本件土地売買の買受名義人となることを承諾したことは当事者に争いがない。)が、これとは別に、右売買当事者間の代金を九八六万円とする虚偽の売買契約書を作成し、さらに、控訴人の承諾を得たうえで、ローン会社である日本住宅金融株式会社(以下「日住金」と略称する。)に対する控訴人名義の土地購入資金の借入申込書類を作成し(控訴人が借入金の借入名義人となることを承諾したことも当事者間に争いがない。)、右の虚偽の売買契約書及び借入金申込書類に控訴人の署名捺印を得たのち、日住金にこれらを提出して、同会社千葉支店から土地購入資金借入金名下に六五〇万円を借り出すことに成功した。
(五) 右借入金六五〇万円は、日住金から被控訴会社の銀行口座に送金されたが、被控訴会社は、本件土地代金として内金一七三万円を取得し、その余の四七七万円をすべてAに交付した。
(六) Aは、右交付を受けた金銭を控訴人に交付せず、また、控訴人のための店を開くこともしないで、そのすべてを自分で費消し、右借入金の利息、元本のほんの一部を支払っただけで、昭和五七年一〇月ころ倒産し、行方不明となった。
(七) 本件土地については、被控訴会社の前所有者Bから千葉地方法務局小見川出張所昭和五三年九月二五日受付第七一七三号により同月二〇日売買を原因として中間省略の形で控訴人に所有権移転登記が経由されるとともに、同出張所同月二五日受付第七一七四号により同月二〇日住宅ローン保証保険契約に基づく求償債権についての同月二五日設定を原因として日動火災海上保険株式会社(以下においても「訴外会社」という。)のため被担保債権六五〇万円の抵当権設定登記が経由された。
(八) その後、控訴人に対し右借入金の督促がされるようになったが、控訴人も全く支払をしないので、訴外会社は、日住金に住宅ローン保証保険金として六四七万八八五六円を支払って求償権を取得し、昭和五七年七月一三日前記設定登記に係る低当権実行の申立をして、昭和五八年一月七日その売却代金六五万円の配当を受けたが、手続費用に一〇万四四三四円が充当されたため、求償金元本六四七万八八五六円及び損害金七七万四五〇四円合計七二五万三三六〇円に充当された分は五四万五五六六円にとどまり、同日現在で六七〇万七七九四円の求償金の元本及び損害金が残された。
(九) 被控訴会社及び被控訴人Y2は住宅ローン騙取に協力、加担したとして訴外会社から責任を追及され、右金員の返還を約した。
2 右認定事実によれば、被控訴人Y2は、Aが企てた土地購入資金借入金名下にローン会社から金銭を騙取しようとの企てに加担し、Aとともに、本件土地の売買代金額を真実の五倍を超える金額とする控訴人作成名義の売買契約書、土地購入資金借入申込書等の書類をローン会社に提出して控訴人名義で資金の借入を申し込み、その旨誤信したローン会社から借入金名目で六五〇万円を騙取したこと、その結果、借入名義人である控訴人は昭和五八年一月七日現在で訴外会社に対する六七〇万七七九四円の求償金債務を負担するに至ったものである。
そして、後述するように、控訴人も、Aや被控訴人Y2と共謀した者であるが、このことによる考慮を別にすると、控訴人が負担した右債務は、一応、控訴人の損害と評価することができるし、被控訴人Y2、Aらは、借入金名下の右金銭騙取によって控訴人に右債務が発生することを認識していたと推認できるから、右損害の発生について故意があったともいえるのである。
二 (被控訴人の民法七〇八条適用等の主張について)
1 証拠<省略>に前記一の1の認定事実を総合すると次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(一) 控訴人は、昭和五二年一〇月ころAに雇われたころ、同人からいずれ店を持たせるといわれており、そのため、初め月給一〇万円の低賃金に甘んじた時期もあった。
(二) Aは、被控訴人Y2に対し前記のとおりローン会社から金銭を騙取する計画を持ちかけた際、控訴人に店を持たせるための資金作りをその動機として告げた。
(三) 控訴人は、前記一の1の(四)のとおり、Aらが日住金に提出した虚偽の売買契約書、借入申込書類に署名捺印したうえ、Aから右虚偽の契約書の写しを交付され、ローン会社から電話照会された際には右虚偽の契約書通りの売買条件を答え、しかも馬込のスーパー小川屋に勤めており、車で通勤するなどの虚偽の事実を告げるように言い含められた。
2 右1及び前記一の1の認定事実を総合すると、Aは、従業員として親しい控訴人の名義を利用して日住金から本件土地購入資金借入金名下に金銭を騙取する計画を立て、控訴人に対し、かねて口約束していた控訴人の店を持たせるための資金作りと称して右計画を打ち明け、控訴人もその口車に乗って右計画に同調し、右詐欺計画実施のため単に本件土地の買受名義人及び資金借入名義人となることを承諾したばかりでなく、ローン会社を欺罔するための積極的作為に出ることをも引き受けたと推認することができ、控訴人の原審における供述中同人は右借入れを知らず、内容も見ないで各書類に署名押印したにすぎない等右推認に反する部分は前記認定事実と対比して採用できず、他に右推認を左右する証拠はない。
3 そうすると、控訴人もAが日住金から金銭を騙取するに当って同人と共謀した者であり、控訴人は、右詐欺に関し、被控訴人Y2とも、少なくともAを介して順次共謀した者であると推認することができる。
4 ところで、共謀して刑事法上いわゆる自然犯に属する犯罪行為をした数名の者は、各自その被害者に対し損害を賠償する義務を負うが、右共謀者のうちの一人が、被害者に対し右賠償義務を負うことになったことについて、これを他の共謀者の自己に対する不法行為であるとして他の共謀者に対し損害賠償を請求することは、不法行為制度の趣旨や民法七〇八条、九〇条の精神に照らし、他の共謀者の右犯罪行為に対する関与の程度や不法の程度が右請求者のそれに比し著しく重大であるとか、被害者が右請求者に対してのみ損害の填補を求めるため、共謀者らの間でなんらかの調整をしないと著しく不公平となる等特別の事情のある場合を除き、許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記認定事実によると、本件詐欺を、主として、企て、実行したのはAであり、被控訴人Y2、被控訴会社は控訴人と同様受働的な加担者であり、被控訴人らを控訴人に比して関与の程度や不法の程度が著しく重大であるとはいえないのみならず、むしろ訴外会社から責任を追及され、被控訴人Y2、被控訴会社において訴外会社の求償金を支払うことになっているのであるから前記特別事情はないといわなければならない。
よって、控訴人の被控訴人らに対する請求は失当であり、これを前提とする被控訴会社に対する請求も失当である。
三 そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 根本眞 成田喜達)